人はどこで死すべきか
介護保険制度で利用できる介護サービスを紹介。
レビューを見る
病院で死にたくない
いろいろな施設を紹介したが、根源的には「人はどこで死すべきか?」の大命題を考えざるを得ない。
具体的には、(1)自宅か、(2)老人ホームか、(3)病院か、一応そんな選択になると思う。
「フーテンの寅さん」の第何作目だったか忘れたが、寅さんが長野児小諸付近で一人暮らしの農家の老婆に出会う。
老婆は「自宅で死にたい」と希望を述べるが、美人女医さんは「入院しなくちゃだめよ」と説得する。
美人にはめっぽう弱い寅さんは女医さんの説得の片棒をかついで入院させることに成功する。
美人女医さんも寅さんも、「これで本当に良いことなのかなあー、しかたないかなあー」と、しみじみ思うのだが、物語は寅さんとマドンナ女医さんとのドタバタへと進行していく。
日本の状況を適格に表現していると思う。
老人の約90%は自宅で死にたいと希望している。
しかし、希望どおり自宅で死んだ者は30%に満たない。
「往診はできない」
「入院すれば、助かる可能性があるかも」
などと言われたら、もう医師にさからえない。
生きる道は自分の意思で選択できても、死ぬ場所は選択できないのである。
なんかへんだなあーと思いつつも、寅さんと同様に入院を勧めることになる。
入院しても、そこには物理的な延命策だけが濃厚で、本人の意思は無視されがちである。
車椅子には絶対に不自由な高さのベッド(医師や看護婦には都合が良い)、
プライバシー無視の狭い病室、
さらには、この世の地獄と思わざるを得ない光景…、
鼻から胃へビニールチューブを通して、そんな老人がズラリと並んで、ベッドにしばりつけられ…、
あの光景を一度でも目撃したら「人権揉潤だ!」と絶叫したくなる。
この世に地獄はあったのだ。
寅さんも美人女医さんも、みんなみんな「病院は延命一辺倒であり、何かへンダ」と感じている。
長期入院の末、病院で死ぬ老人は気の毒だと思う。
何の楽しみもなくベッドの上にいて亡くなるのだから…、
病院に比べて、なんと老人ホームの暖かいことであろう。
それは、ひたすら物理的延命一辺倒の治療医学ではなく、介護のお仕事をしている人が
「お年寄りを大切にしよう。お年寄りに喜んでもらおう」
という心でお世話をしているからであろう。
そんな心の介護のお仕事の人が、映画の老婆の近くにいたのなら、きっときっと、自宅で安楽に大往生できたろうに……。
お気に入りのブックマーク・RSSに登録 »
関連記事
サイトマップカテゴリー:福祉施設
トラックバック(0)
http://yg-away.biz/mt/mt-tb.cgi/975


